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audi TTも結構速いな・・・これは分からんぞ。

こんにちわ、ともむ~です。

今日は私がうつ病にかかった頃の話をしたいと思います。

あれは私が26歳の頃、某プロバイダのテクニカルサポートをやっていた時の話です。

始めは電話対応なんて嫌だなと思いつつ、それなりに楽しくやっていました。

ところがある日突然、大幅な人員削減を行う事になり、業務は多忙化。
それに合わせてスパルタ教育という名のほぼパワハラに近い仕打ちを受けました。

 

それでも上流工程へのステップアップを夢見て我慢して頑張ってきましたが、いつの頃からか以下のような症状が出始めました。

・朝、体が重くて起き上がれない。
・休日に趣味を楽しめない。
・業務終了後に気分が悪くなる(または気絶している)
etc

 

これはおかしいと思い、近くの心療内科で見てもらったところ、

適応障害による中度のうつ症状

と診断されました。

 

そこからは苦痛との戦いでした。

薬の副作用や、薬が合わない、事を知らないメンバーには冷たい目で見られるなどなど・・・。

「業務を軽減させる」と言われましたが、逆に増えました。

 

産業医との相談の中で「休みたい」と申し出ましたが、「行け、ここで休むと立ち直れなくなる」と言われ、休ませてもらえませんでした。

 

突発的な休みも続き、せっかくついた有給もここで使い切ってしまいました。

 

最終的にはその現場を外され、新しい現場に行くことになりました。

現場を去る時にある方に「現場が合わなかったんですね」と言われた時には、殺意しか生まれませんでした。

 

そして次の現場へ・・・

 

新しい現場は決してパラダイスと言う事ではなかったのですが、定時で確実に帰れたことや、家から近かったこと、マネージャーや仲間にも恵まれ、たまに休んでしまう事はありつつも、何とか最低ラインの評価を得つつ、粛々と業務をこなしていました。

症状も少しづつ軽くなっていき、時間がたくさんあったので、この現場にいるうちに資格をいくつか取りました。

その現場は「今後は正社員だけでやっていく」という理由でプロジェクト自体が終了となり、また次の現場へ行くことになりました。

本当は2か月間の選抜研修を受ける事になっていたのですが、諸事情により無くなってしまい、その研修を受けた人ぐらいしか行けないような高難易度のプロジェクトに配属になりました。

 

知らない事ばかりで不安はたくさんありましたが、分からない事は一緒に仕事をしていたお客様が親切に教えてくれ、病気の事を知っていた現場のリーダーもしっかりと私をコントロールしてくれたので、楽しく仕事をさせていただくことができました。

兄貴的な存在の相方や、まるで母親のような雰囲気を持った年上の女性や、姉妹の様に仲の良かった後輩の電話オペレーターの方たち、皆がこのクソみたいな自分に親切にしてくれました。

そのおかげか、この現場では突発休を出していなかった気がします。

そしてうつ病の診断を受けてから3年半、ようやく主治医から「寛解」と言われ、病との戦いは終わりました。

 

お客様には「うつを乗り越えたなんてすごいな」と言われたことがありましたが、決して自分一人の力で乗り越えたとは思っていません。

異動時に出会ったマネージャーを始め、たくさんの人に支えられ、この1回目のうつ病を寛解させることができたと思っています。

 

余談ですが、今でも「この人にならどこまでもついていく」と思えた管理職の方は、病気を発症して異動になった時に出会ったマネージャーと、病気を寛解させた時にいた現場のリーダーだけです。その人以外は名前だけのクソだと思っています。

それではまた。